日本キリスト教団河内長野教会

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説教集

SERMONS

2026年7月19日 説教:森田恭一郎牧師

「信じます『あなたは私の救い主』」

マタイ一六・一五~一八、二一~二四

教会学校のカリキュラムでは、今日から使徒信条を順々に学んでいきます。今日は「私は信じます」の所で、使徒信条の最初の言葉です。日本語では 「私は、天地の造り主、全能の父である神を信じます。私はその独り子、私たちの主、イエス・キリストを信じます。私は聖霊を信じます」(口語訳) 。父と子と聖霊を信じます、の各々初めと終わりの所「私は信じます」が今日のテーマです。

信じる事について二つ、みんな信じる事は同じということ、イエス様に躓かないことをお話します。

 

今日の聖書はキリストを信じる箇所です。イエス様が弟子たちに問いかけました。 「あなた方は私を何者だと言うのか」(マタイ一六・一五)。ペトロが「あなたはメシア(=キリスト、救い主)、生ける神の子です」と答えます。イエス様は「あなた方は?」と問いかけていますから、一人ペトロだけが答えているようですが、弟子たちを代表して答えたのであって、弟子たちみんなが夫々、「私は『あなたは救い主です』と信じます」と同じ信仰を言い表した訳です。

私たちが「信じます」と言う時には、みんな同じ内容を信じます。教会にいるあなたと私が信じている中身が別々であったら、それは教会の信仰の告白にはなりません。みんなが一つの信仰を言い表すことに幸いがあります。イエス様がこう言われました。「あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、私の天の父なのだ」。天の父なる神様が現して下さったことを信じるので、私たちはバラバラにはなりません。それで教会は、天の父なる神様が現して下さったこの信仰を信仰告白として受け継いできました。

 

そしてペトロもこの信仰を言い表しました。その信仰を主イエスは「あなたはペトロ(=岩という意味)。私はこの岩の上に私の教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない」とシモンに新しい名前を付けてくれました。この信仰=岩は、陰府の力=死の力も対抗できない。私たちがいつか死を迎えます。私たちは陰府の力に対抗できません。でも、この信仰は死にさえ打ち勝つ。私たちが死んでもこの信仰を言い表すことが出来る。「あなたはメシア(キリスト、救い主)、生ける神の子です」とイエス様を信じ続ける事が出来ます。

そして教会もこの信仰の上に建てられ、教会に集う人は皆、この信仰を言い表して、キリストに出会っていきます。

 

ところで「信じる」ことの反対は何でしょう。もちろん信じない、ということですが、別の言い方をすると「躓(つまず)く」ということです。普通、躓くのは石に躓くとか、段差に躓くとか、物に躓くことを言いますが、今日は、人に躓くということを考えます。人に躓くのは、あの人は期待外れだ、ということです。期待していたのにちっとも応えてくれない、これが人に躓くということです。イエス様を信じるとは、イエス様に躓かない、ということです。

それで今日の聖句カード(二〇二四年版No29)を見て見ましょう。

左側におられるのがイエス様ですね。イエス様がこう言われました。「私について来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、私に従いなさい」(マタイ一六・二四)。真ん中の子は従っていこうとしています。でも右の子はアイスクリームを手にして立ったままです。もう一人はボールと絵本かノートかな、座り込んだままです。何故かと言うと、イエス様を信じても、それでアイスクリームくれる訳じゃないでしょ。信じてもボール遊びしてくれる訳じゃないでしょ。なんだ、それじゃ期待外れだよと、イエス様について行こうとしません。何て我が儘なんでしょう。イエス様に躓いて、ついて行くことができません。

 

ペトロも実は、イエス様に躓きました。イエス様が、自分は苦しみを受けて死んでしまうのだ、十字架のことですね、それを聞くと、ペトロは「そんなことがあってはなりません」といさめ始めたんです(マタイ一六・二二~)。いさめるというのは非難して叱るということです。何と、ペトロがイエス様を叱ったんです。十字架にかかって死んでしまうそ、んなイエス様なんて、信じたってしょうがないよ。病気を治したりパンや魚をくれたり、私たち人間を幸せにしてくれなきゃ、期待外れじゃないか。そうやって躓いて、十字架にかかる神の御子イエス様を信じる事が出来ません。岩に躓くのか、岩の上に立って建てられるのか。

 

教会の塔の上に十字架が立っています。十字架が立っているから教会だと分かります。十字架の信仰を言い表しています。もう亡くなられましたが、教会のおじさん、信仰の先輩がこう一句を残しています。「冴ゆる夜や十字架塔に突き刺さり」。夜、暗闇が覆い包んでいるその夜に、教会の塔を見上げたら、澄み切ってはっきりと見えてきた、十字架が塔に突き刺さっている! 人間の我が儘な罪の力に打ち勝つ、罪に突き刺さる十字架を見上げました。このおじさんも信じました。十字架にかかって私たちを罪から救うイエス様を信じました。

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