日本キリスト教団河内長野教会

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説教集

SERMONS

2026年5月17日 説教:森田恭一郎牧師

「時の間に挟まれて歩む、今の時」

マルコ一・一四~一五

御国を来たらせたまえ。主の祈りの二番目の祈りの言葉です。教会学校では今、主の祈りを一つずつ味わっています。

御国を来たらせたまえ。御国、神の国です。神の国が来ますように。そう祈りなさいとイエス様が教えて下さいました。ということは、神の国は来る、とイエス様が約束して下さったのですから確信して、神の国が来ますように、と祈るのですよと教えて下さいました。

聖句カード(二〇一〇年度No.45)を見て下さい。

 

イエス様がみんなの所にやって来て天を指さしながらお話しています。その最初のお言葉は、「時は満ち、神の国は近づいた」(マルコ一・一五)。

時が満ちる。面白い言い方です。海の潮が満ちてくるように時が満ちてくる。そして満潮は、時が満ちた時です。皆さんも「さぁ、時間だよ」と言うでしょ。百メートル走で「ヨーイ・ドン!」。時が満ちてスタートです。

イエス様はこの時「時が満ちた」と思いました。何の時かというと、神の福音を宣べ伝える時です。その時がいよいよ来たと確信し人々に向かって「時は満ちた」と言われました。

 

そして「神の国は近づいた」。神の国のことで大事なことを話します。それは、神の国はイエス様と共に来るということです。この時、イエス様はカファルナウムの町にやって来て、みんなの所に現れ、みんなの人たちにお話しています。神の国が近づくのは、主イエスがやって来られるのと共に近づきます。

「神の国は近づいた」。ここでイエス様は、なぜ神の国が来たと仰らないのでしょう。イエス様はある時こう言われました。「私が神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちの所に来ているのだ」(ルカ一一・二〇)。私たちをイエス様から引き離そうとする悪の力、罪の力を追い出した時、その時には神の国は来ている。そのためにイエス様はみんなの所に現れて下さった。そして十字架で悪の力、罪の力に打ち勝つためにやって来られました。

聖句カードを見て下さい(二〇〇三年度No.34)。エルサレム入場の場面です。イエス様がやって来ますよ。ロバに乗ってやって来ます。そのイエス様と共に神の国が近づいてくる。そして悪の力、罪の力に打ち勝つ十字架にかかり罪を贖い取って下さった時、神の国は来ているのです。

 

今日の説教題を「時の間に挟まれて歩む、今の時」としました。今の私たちは二つの時の間に挟まれて生きています。一つ目の時は、イエス様がクリスマスにこの世に生まれ、ロバに乗ってエルサレムに来られ、十字架で罪を贖い、お甦りになって永遠の命を約束して下さった時です。二つ目の時について、イエス様はこう言われました。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る(マルコ一三・二六)。イエス様は今度は雲に乗って天からこの世に来られます。その時にはイエス様のご支配が百%実現し、世界中の人が神様の栄光をたたえるようになる時です。神の国が百%実現する時です。

私たちは今、この二つの間に生きています。この間の今の時に求められていることは 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。悔い改めるというのは、イエス様の方に向き直るということです。自分が悪かったと自分を見て謝ることではありません。

そしてイエス様が明らかにして下さった福音を信じます。イエス様が十字架で私たちの罪を贖い取って下さり、お甦りになって永遠の命を約束された。それを信じて罪赦され希望の内に、そしてイエス様の愛の内に生きる。そのことを知ってイエス様の御名を称えるのは教会の私たちだけですけれど、二つ目の時が来た時には、全ての人たちが神様の栄光を称えるようになる。

皆さん、聖書の一番終わりの言葉を聞いたことがあるでしょう。二番目の時を望み見ている言葉です。一緒に思い起こしてみましょう。以上すべてを証しする方が、言われる。「然り、私はすぐに来る」。アーメン、主イエスよ、来てください。主イエスの恵みが、全ての者と共にあるように(ヨハネ黙示録二二・二〇~)。

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