日本キリスト教団河内長野教会

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説教集

SERMONS

2026年10月18日 説教:森田恭一郎牧師

「主イエスの一日」

マルコ一・二九~三九

今日の説教題を「主イエスの一日」としました。前回味わいました箇所は、一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた(マルコ一・二一~)とあります。そして礼拝中に、汚れた霊に取り憑かれた人をお癒しになりました。こんな自分を主は顧みて下さった、癒された本人にとっても驚くべき出来事だったに違いない。これは午前中です。

続く今日の箇所は、すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった(二九節)とありますから、恐らくお昼から午後にかけての場面になります。それから、夕方になって日が沈むと…(三二節)とありますから夕方以後の夜の場面です。そして次は朝早くまだ暗い内に…(三五節)、朝です。

 

今日は、このお昼過ぎからの場面です。シモンと兄弟アンデレの家に行くと、シモンの姑が熱を出して寝ていたのですね。余談ですがここからシモンは結婚していたことが分かります。姑が病で寝ていたので、主イエスが側に行き、手を取って起こされると、熱が去った(三一節)。「治って良かったですね」、で終わることなく、彼女は一同をもてなした(三一節)のでした。                   そして夕方になって日が沈むと…(三二節)。ここで二つのことを知識として説明しておきますと、まず、当時の習慣では、日が変わるのは日没でした。夕方、日が沈んで安息日が終わる。次に、安息日は礼拝の日だから仕事をするのは律法違反になりました。それで夕方日が沈むのを待って、人々は、病人や悪霊に取り憑かれた者を皆、イエスのもとに連れて来た(三二節~)訳です。そして大勢の人たちを癒された。だから律法の規定からすると、主イエスが安息日の礼拝の時に悪霊に取り憑かれた人を癒すのも、午後になって姑の熱を去らせるのも、律法違反です。でも主イエスから見れば、まず安息日にこそ、主の御業、その出来事が起こり、会衆が御名をほめたたえる礼拝が沸き起こること、それが安息日に相応しいことでありました。

そして翌日の朝早くまだ暗い内に、イエスは起きて、人里離れた所へ出て行き、そこで祈っておられた(三五節~)。シモンたちは、朝、目を覚ますと主イエスのお姿が見当たらない。そこでイエスの後を追い、見つけると「みんなが捜しています」と言ったのでした。みんなが捜していますというみんなとは誰のことか。シモンたちのことか、昨晩、順番が回ってこなくてまだ癒されていない人たちのことか…。主イエスはこう言われました。「近くの他の町や村へ行こう。そこでも私は宣教する。そのために私は出てきたのである」(マルコ一・三八)。主イエスは一旦、シモンの家に戻って朝食をとられたかもしれません。けれども主イエスのお言葉は、シモンの家に留まることよりも他の町や村へ行こう。そこでも宣教するということでした。

 

今日は終わりに三つのことをお話しします。一つ目は、主イエスがそのために出てきた。そしてガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された(三九節)。ここに三つの事柄があります。会堂に行って教え、宣教し、癒された(マタイ九・三五)。別言すると、教育、伝道、福祉です。清教ミニストリーは、地域で主イエスの活動に添って協働しようと願っています。彼女のことをイエスに話した(三〇節)とあります。みんなで協力して一人ひとりを主イエスに繋いでいく協働、執り成しがあります。夫々自分の働きに三つの要素を含みつつ、学園は教育、教会は宣教、泉カナン園は福祉を中心にする活動です。各々自立しながらバラバラにではなく協働していきます。

二つ目は、熱が引いた姑が一同をもてなしたこと。姑について他には言及がないのですが、恐らく主イエスのカファルナウム滞在の時には繰り返し主イエスのお手伝いをしたのでしょう。またシモンの妻についてはパウロが語っています。私たちには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか(Ⅰコリン九・一四)。ケファというのはシモンのことで、シモンは妻と一緒に伝道旅行をし支えてもらった。ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出されたこの主イエスに妻も同行したのです。私たちも同じように各々の形で、主イエスをもてなします。

三つ目は、主イエスが朝早く一人で父なる神様との祈りの時を持たれたこと。忙しい日々の一日毎に静まる祈りの時があります。私たちも御前に跪くひとときは日々の活動・行事を支える平安になります。週間夕礼拝もその一つです。

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