日本キリスト教団河内長野教会

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説教集

SERMONS

2023年9月3日 説教:森田恭一郎牧師

「キリストの僕」

イザヤ四四・二一~二二
ガラテヤ一・一〇~一二

今日は、「キリストの僕」(ガラテヤ一・一〇)を巡って語りたいと思います。

それで「しもべの道」から引用したいと思います。これは松谷牧師の時代に河内長野教会創立一一〇周年記念出版として編纂された橋本徹牧師の文章をまとめたものです。キリストがこの世に来られて歴史と出会われ御業を完成されたことを踏まえてこう記されました。「神御自身の人間歴史への出会いが我々に現実となるためには、もう一つの出会いが必要である。この出会いは、聖書で言うなら、イエス・キリストの復活された日の午後、エルサレムからエマオへ行く二人の旅人が経験した、あの出会いである。イエスの十字架後、ガリラヤに帰り、湖で漁をしていた弟子達が経験した、イエスとのあの出会いである。ダマスコにいるクリスチャンを捕まえて投獄するために、ダマスコの門外に到着したパウロが経験した、あのイエスとの出会いである」。

ガラテヤ書を記したパウロは使徒でありました。使徒とは、復活のイエス・キリストとの出会いを経験し福音を自分のこととして知っている者のことです。パウロは、使徒であることを私はこの福音をイエス・キリストの啓示によって知らされた (ガラテヤ一・一二)と語ります。使徒言行録の記事に拠れば、「サウル、サウル、何故、私を迫害するのか」と呼びかける声を聞き 「私は、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすればあなたのなすべきことが知らされる」(使徒言行録九・一~)と、復活の主イエスから呼びかけられて一対一になって御前に立たされ、そして迫害しているのにその罪を赦され、これから為すべき福音を告げ知らせる召命を受けました。それがパウロの復活の主イエスと出会う啓示体験です。そして、このキリストとの出会う体験を元に恵みの福音を語る使徒となりました。

啓示体験を、ある説教集で、キリストとの結びつき、そしてキリストに直結すると表現しています。因みに、直結という言葉から思い起こすのは、清教学園の設立趣意書です。「一人ひとりの生きた魂を、神に直結する以外には、到底日本を救う道はあり得ない」。そして「真の基督教精神の道場たる、生きたる学園の設立を、切望される所以である」と語りその方法論として幼稚園から大学に至る総合学園構想を掲げています。

先の説教集といい設立趣意書といい、戦中から戦後を経てきた心ある人たちは、キリストとの直結、神との直結を真剣に考えたのです。話を戻しますが、パウロこそは、私はこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエスキリストの啓示によって知らされたと直結体験、キリストとの直結を強調している訳です。

 

私たちは、使徒にはなれません。復活の主イエスに直接には出会ったことがないからです。私たちは教会、また教会の人たちを通して福音を受けました。でも、その上で、私たちキリスト教徒もキリストの啓示は必要です。橋本牧師のお言葉を続けて紹介します。「この種の出会いは、今日、我々にも起こる。我々が何か人生の大問題に遭遇した時に、事故の有限性を痛感した時に、あるいは説教を聞いている時に、聖書を読んでいる時に、祈っている時に、あるいは幸福の絶頂にある時に、また、不幸のどん底にある時に、あるいは山に登った時に、海に行った時に、生ける神の言葉との遭遇が起こる。その時期、および状況は、各種各様である。しかしそれらを貫く一つの大きな特色は、それがイエス・キリストの証である聖書と、密接に関連しているということである」(五六頁)。橋本牧師は、学園のみならず、教会の私たちがキリストとの出会い、キリストと直結することの必要性を語っているのではないでしょうか。

 

そしてキリストと直結した者は、神に仕えるキリストの僕になります。パウロはキリストの僕を否定形でこう語ります。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、私はキリストの僕ではありません (ガラテヤ一・一〇)。これは恐らく、周囲の人たちから、パウロは、自分自身や語ることを人に取り入り気に入ってもらうために、自分が使徒であることを主張しているのではないか、という批判があったのでしょう。それで、自分は人々に取り入ろうなんてしていないと主張している訳です。

それにしても、キリストの僕。もとより、キリストが仕える僕になられました。そして主イエスは弟子たちにこう言われました。自分に命じられたことを皆果たしたら「私どもは取るに足らない僕です。しなければならないことをしただけです」と言いなさい(ルカ一七・一〇)。何か背負い込まなくても良さそうです。また、僕は主人に優るものではない。僕は主人のように(倣う)なれば、それで十分である(マタイ一〇・二四~)。それで十分ですよ、と言って下さる……。皆さんはご自分のことを日頃、神さまに向かって、自分に向かって、あるいは人々に向かって「私はキリストの僕です」と表現していますか。

松谷牧師が、この記念出版名に「しもべの道」を選ばれたのだろうか。教会の私たちに、キリストのしもべであるという望んでいる事柄を託されたのではないかと思います。

 

中山昇先生が、橋本先生を招聘するために香川県の豊島におられた橋本牧師のもとに伺ったときのやり取りがあります。瀬戸内海上で先生に尋ねました。「先生にとって信仰とは何ですか」。先生は進みゆく先の海面を指さし「ここから海に飛び込むことや」と言われました。私はそこに橋本先生の強い決断を見ると共に、自分の行く手にあるものを予感しました。神さまに仕えるとは、行く手に何が待っているかは分からぬ世界に飛び込むことであり、その結果は神さまにお任せすることしかないということを仰っているのだと受けとめました。先生は何でもやってみよう、結果はともかくとしてやってみよう、というところがありました。待て、と言われたことはありません(「しもべの道」 二〇九頁、「芽生え育ちて地の果てまで」一七頁)。

橋本先生の、神に仕えるキリストの僕の姿は、今後どうなるか分からない行く手に飛び込む姿なのですね。やれるかどうか、結果を考えて踏み出す、というのではありません。結果はともかくとしてやってみよう。因みに「やってみよう」は、浜松の方言では「やらまいか」と言います。これは、ただ無茶苦茶ぶりを表現しているようですが、やってみようということが先にあって、そのための方法を考えるということです。ヘブライ人の言葉を借りるなら、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認ことです(ヘブライ一一・一)。まず夢を描いて、前に進むことです。そして方法を考える。

今日、礼拝後に教会創立一二〇周年に向けての企画委員会を開きます。これまで皆様から寄せられた夢を、どうやって形にしていくか整理し、内容と方法を長老会に提案するための一回だけの委員会です。比較的若い方たちに委員になってもらいました。やってみよう、やらまいか。年がどれ程であれ、また誰であれ、そこにキリストの僕の若さを感じます。

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