日本キリスト教団河内長野教会

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説教集

SERMONS

2022年6月19日 説教:森田恭一郎牧師

「天には栄光、地には平和?」

哀歌 一・一
ルカ一九・三七~四四

今日は、旧約聖書から哀歌を読みました。伝統的にはエレミヤの歌だと言われています。彼は、イスラエルの都エルサレム、紀元前五八七年のその陥落を目撃した預言者でした。その冒頭に彼は詠います。何故、独りで座っているのか、人に溢れていたこの都が。やもめとなってしまったのか、多くの民の女王であったこの都が。奴隷となってしまったのか、国々の姫君であったこの都が(哀歌一・一)。存在していたはずの過去の幻、存在していたはずのものを失った哀しみを詠います。

そして、こうも詠います。私の魂は平和を失い、幸福を忘れた。私は言う。「私の生きる力は絶えた。ただ主を待ち望もう」(哀歌三・一八)。口語訳聖書では最後の部分を反対に訳していました。我が魂は平和を失い、私は幸福を忘れた。そこで私は言った。「我が栄は失せ去り、私が主に望むところのものも失せ果てた」。待ち望むのではなく失せ果てた。エルサレム陥落の現実を前に、希望も失せてしまう。哀歌は、過去の繁栄の幻と現実との狭間に生じる、哀しみの歌であります。

 

その後、およそ五百年後、歴史の営みの中で城壁が二度再建された三度目のエルサレムを、主イエスが入場されるとき、主イエスは賛美を以て迎え入れられます。イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。天には平和、いと高き所には栄光」(ルカ一九・三七~三八)。

ルカ福音書のエルサレム入場の記事を読んで気付くこと二つ。主イエスは歓呼を以てエルサレムに迎え入れられるのですが、迎えたのは大勢の群衆ではなく、弟子の群れだけです。大勢の群衆はいたのですが、ただそこにいるだけで、むしろ、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱って下さい」と言った(ルカ一九・三九)。ファリサイ派の人たちも群衆も、主イエスを歓迎している様子はありません。

気付くこと二つ目は、ルカ福音書のクリスマスの記事において、天の大軍がこう詠い交わしました。「いと高き所には栄光、神に在れ。地には平和、御心に適う人にあれ」(ルカ二・一四)。ところが、エルサレム入場の場面で神を賛美した弟子たちの言葉は「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。天には平和、いと高き所には栄光」。「地には平和」ではなく「天には平和」。天には平和があるけれども地には平和がないことを見ているようです。クリスマスに天の大軍が賛美したように、地にも平和があるはずなのに、地上の現実には平和がない。その狭間で、ルカはここに哀しみの歌、哀歌を詠っているかのようです。

 

そして事実、四二節以下の主イエスのお言葉はルカ福音書における嘆き、哀歌、と呼ばれている箇所です。エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた。「もしこの日に、お前も平和への道を弁えていたなら……。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地に叩きつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れて下さる時を弁えなかったからである」(ルカ二・四二~)。主イエスが泣いて涙を流された。平和への道を弁えないエルサレムを嘆かれたのです。歴史の事実は、それからおよそ四十年後にエルサレムは陥落する。ローマに対する敵対への道、争いへの道を選び取り続け手歩んだ結果でありました。平和への道を弁えす、神の訪れて下さる時を弁えないで、自分で何とかしようと自分が神になってしまったからです。

 

エルサレム入城の時、主イエスはお泣きになりました。哀しまれました。でも、エルサレムの群衆は泣きません。それは群衆もその指導者たちも、平和への道を弁えていなかったからです。理念として平和を本気で掲げていなかったからです。よく夢と現実、理念と実際、夢を描き理念を語っても、現実は厳しいのだ、などとよく言われます。もし私たちも、そう言って、世の現実に開き直って理念を持たず夢を描かないとすれば、私たちもまた、平和への道を弁えないエルサレムの都と同じです。そこに悔い改めが必要です。

なるほど現実は理念とかけ離れているかもしれない。だとしても、そこに理念を掲げ、理念を持ち続ける所に、一方では、現実が平和ではない所に嘆きや哀しみが生じざるを得ませんが、もう一方では、平和への願いが生じるのではないか……。哀歌は、平和を失っている現実を受け入れつつ、更に先へと願い進むエネルギーを携えた哀しみの歌であります。平和への理念、その弁えのない所に、哀しみも祈りも出てきません。

因みに、日本政府は、核兵器禁止条約を批准しようとはしません。その国際会議にせめて前向きにアドヴァイザーを派遣しようともしません。安全保障の状況が厳しさを増す中、アメリカの核の傘を必要とする歴史の現実の下、核保有国と非保有国の仲立ちをするのが日本政府の役割という考え方のようです。でも思いますに、現実は現実であっても、理念は理念として平和への夢と幻をしっかり持ち続ける所に、哀しみと共に、祈りと平和への方向性が生まれてくるように思います。理念を理念として持ち、掲げることが、以外と歴史の方向性を示し歴史を動かす力になると信じます。

 

言うまでもなく歴史の現実は厳しい。しかし主イエスは、平和への道を弁えないでいたエルサレムのために泣いて下さった。神の訪れて下さる時を弁えようと呼びかけて下さった。哀しみしかない現実のように見えても、そこに敵意という隔ての壁を取り壊す(エフェソ二・一四)ために、キリストが十字架に訪れて下さいました。神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、その十字架の血によって平和を打ち立て(コロサイ一・一九)て下さいました。そして、また再び来て下さるし、それまでの間、聖霊をもって導いて下さる。天には平和、その御心の天になるが如く地にも成らせて下さるのです。それを信じながら、私たちも、平和を祈りつつ歩みます。