詩編の説教集
「神の栄光、世々限りなく」
詩編 七九・一六~一八エフェソ三・二〇~二一パウロは、神様の栄光をたたえる頌栄をもって祈りを締めくくっています(エフェソ三・二〇~)。今日はその後半の聖句を味わいます。教会により、また、キリスト・イエス
「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さ」
詩編一四七・一~三エフェソ三・一八~一九パウロは、エフェソを初めとする諸教会と信徒=聖徒のために祈っています(エフェソ四・一六~)。その内容を五つ、取り上げます。一つ目、御父が、その豊かな栄光に従い、その
「教会はキリストの御体」
詩編 六三・二~六エフェソ一・二二~二三今週の主題は、「教会はキリストの体」です。先週は、「キリストは教会の頭」でした。キリストは教会の頭であられるだけではありません。キリストは全世界の頭として居ましたも
「頭のキリスト、今ここに」
詩編 八・二~一〇エフェソ一・二二~二三本日の中心聖句は、神はまた、全てのものをキリストの足もとに従わせ、キリストを全てのものの上にある頭として教会にお与えになりました(エフェソ一・二二)。この聖句を
「神の栄光をたたえることに」
詩編 九六・一~一三エフェソ一・一三~一四教会暦の新年、待降節になりました。待降とは、救い主のご降誕を待ち望むということです。詩編が主は来られる(詩編九六・一三)と記す通りですが、ユダヤ教は終末に救い主
「希望への忍耐と信仰」
詩編 七四・一~一一ヨハネの黙示録一三・一~一〇本日は教会暦の終末主日です。終末とは、主イエス・キリストが父の栄光に輝いて到来なさる時です(マルコ八・三八)。その時には、主イエス・キリストによっ
「ずっと前から、み旨の中に」
詩編一三九・一三~一八エフェソ一・四~六今日は、人生の始まる前、人生の間、人生のその後について聖書の御言葉から思い巡らします。今日の説教題を「ずっと前から、み旨の中に」としました。まず「み旨」というのは
「御子による豊かな恵み」
詩編三一・八~九エフェソ 一・七エフェソ書を読み始めました。エフェソ書の大きな主題は 「教会はキリストの体である」(エフェソ一・二三)ということです。キリストが教会の頭、教会はキリストの体です。そこで一連の説
「大勢が主イエスのもとに」
詩編 八六・五~一〇マタイ 四・二三~二五「宣教・教育・奉仕」。いつの頃からでしょうか、この三つを当教会の働きを表すスローガンとして語るようになりました。この三つの根拠になるのが今日の聖書個所(マタイ四・
「成長させて下さる神」
詩編 七八・一~四エフェソ六・一~四先週は、語る教師が人格的な神と繋がっているという真理を生徒が掴んだ時の変化、それは聖霊の働きだということを語りました。今日も教会における教育の働きに関わる事柄です。