日本キリスト教団河内長野教会

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説教集

SERMONS

2021年10月24日

「執り成すアベルの叫び」

創世記 四・一~一六ヘブライ一一・四~五信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。ヘブライ書の信仰の定義です。そして昔の人たちは、この信仰の故に神に認められました。それなら、昔

2021年10月17日

「トマスは本当に疑い深い人なのか」

川俣 茂(清教学園中学宗教主任)ヨハネ福音書20:24-29「十二人の一人でディディモと呼ばれるトマス」…主イエスの弟子の一人であるトマスという人がいました。主イエスが来られた時、彼らと一緒にいなかった。つま

「ふしぎだね。でもホントなんだ」

レビ記五・一マルコ九・二~一三ある日のことです。イエス様は高い山に登られました。三人のお弟子さんも一緒です。ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた(マルコ九・二)のですが、お弟子さんた

2021年10月3日

「味わい望む、神の恵みを」

詩編  一八・二~四ヘブライ一一・一~三信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです(ヘブライ一一・二)。ヘブライ書が語る信仰の定義です。この聖句から私たちは勇気をもらいます。私たち

2021年9月26日

「報復から回復へ」

エゼキエル三九・二五~二九ヘブライ 一〇・二六~三九今日の聖書箇所は、前半に故意に罪を犯し続ける人たちに残っている審判や刑罰を語る厳しい言葉(ヘブライ一〇・二六~)と、後半に教会に留まる人たちへの信仰の

2021年9月19日

「習慣が作るファイナル・アプローチ」

イザヤ 四六・ 八~一三ヘブライ一〇・一九~二五礼拝をささげるということを、今日の聖書箇所から二つの表現を確認しましょう。一つは、聖所に入れる(ヘブライ一〇・一)、もう一つは、神に近づく(ヘブライ一〇・

「エッファタ、開け」

イザヤ三五・五~六マルコ 七・三一~三七耳が聞こえず、舌が回らず上手く話が出来ない人がいました。この日は人々が、この人を連れてきて、手を置いて下さるようにとイエス様に願ったのでした。ところが、イエス様

2021年9月5日

「良い子になれない私でも」

レビ記 二〇・七~八ヘブライ一〇・一~一八旧約聖書が告げていることは、人間は人間を救えないということです。私たちが真の神を選ぶのでもなく、私たちが能力があって神の民になれるのでもない。人間の善意に期待

2021年8月29日

「罪の赦しは、裁きを越える」

ヘブライ九・一五~二八キリストは今から二千年前にこの世においでになりました。十字架で私たちの罪を贖い取るためです。今日のヘブライ書は、世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るため

2021年8月22日

「我は道なり、我を通ってこそ」

イザヤ五七・一四ヘブライ九・一~一四旧い契約=旧約と、新しい契約=新約。私たちは、新しい契約の下に生きています。今日は、その新しい契約の下でささげる礼拝の素晴らしさと地上にあってなお残る課題を考えます