「主に仕え、命を選べ」

森田恭一郎牧師

(ヨシュア記二四・一一―一八、フィリピ  一・六)

今日は、神様の救いの物語のお話です。物語、みんながよく知っている物語はなんでしょうか。桃太郎のお話とか…。今日は絵本を数冊持ってきました。

「イソップものがたり」 キツネとブドウ、ウサギとカメのお話し等々、知っていますね。

日本の一番古い物語は「竹取物語」だそうです。 竹取のお爺さんが、竹を取りに行ったら、光り輝く竹があったので見てみたら、竹の筒の中に可愛い女の子。竹から生まれた竹太郎ならぬ、かぐや姫、このお姫様、最後は月へ帰ってしまいます。

「かえるの竹取ものがたり」 カエルになると、どうなるのでしょうね。

「桃源郷ものがたり」 これは知らないかも。でも絵はきれいな絵です。何か気持ちのゆったりしそうな平和な故郷、読んでみたくなりますね。

物語、頁を開いてみると、自分の知らない別世界が開けてくる。それが物語です。何か、ウキウキしてきます。

「熱気球、はじめてものがたり」 これは初めて熱気球がふんわりふわふわ、お空に浮かんで地上に戻って来た、実験は大成功!の物語です。これを読むと、その時一緒にいた人はあぁ、こうやって誰々さんが熱気球を作ってお空高く飛ばしたんだなぁ、と思い起こすことが出来る。ずっと後の時代の人は、これを読むと、そういうことがあったんだ、それで熱気球が出来たんだ、と歴史を知ることが出来ます。

この物語の終わりの所に説明文があります。「モンゴルフィエ兄弟は、本当にいた人たちです。一七八三年九月一九日、初めて熱気球を飛ばす実験に農場の動物たちを乗せた、ということもちゃんと記録に残っています。でも飛んでいる間に起こったことは本当かもしれないし、本当じゃないかもしれません。私はこの話をアヒルから聞いたんです。アヒルは羊から聞いたって。羊は雄鳥から聞いたって。えぇ、ずうとずうと昔にね」。歴史の中に本当に起きた出来事から綴られた物語です。楽しくなります。

「魔女の物語」 表紙も何か怖そうです。気持ちが小ちゃくなっちゃいそうです。

同じ読むなら、魔女よりも神様の物語の方がいい。

「チピヤクカムイ~神々の物語~」 神様の国からやってきた鳥の話のようです。心が広がりそうです。神々の物語ですから、他の神々の物語もシリーズとしてあります。

でも私たちは、神々の物語よりも、真の神様の物語を聴きたいですね。何といっても、神様の物語、その始まりといえば…。

「天地創造のものがたり」 裏表紙を見ると The CREATION STORY。ストーリーが物語ということですね。これが彼の物語、his storyとなるとhistory、歴史になります。聖書の最初の言葉、「初めに、神は天地を創造された」。「光あれ」。天地創造の話なんて、聖書から聞かなかったら、私たちには全然気が付かない世界ですね。神様は、愛する人間も造って下さいました。私たちはどこから来たのか。なんでこうやって生まれてきたのか。これ読むとやっぱり世界が広がります。

「聖書物語」  聖書は物語です。この頁を開いてみると、神様の救いの物語が広がります。神様の救いの言葉が聞こえてきます。天地創造から始まり、神様が私たちを愛し救い、ご自分の民として大事にして、救いを完成して下さる物語です。

今日はヨシュアのお話。モーセさんの次の預言者です。ヨシュアも、イスラエルの人たちに物語るんです。神様がこれまでしてきて下さったこと。神様がイスラエルの民を守り、導いて来て下さったことが分かります。

ヨシュア記二四章一一節から。あなたたちがヨルダン川を渡り、エリコに達したとき、エリコの人々をはじめ、アモリ人、ペリジ人、カナン人、ヘト人、ギルガシ人、ヒビ人、エブス人があなたたちに戦いを挑んだが、私は彼らをあなたたちの手に渡した。私は、恐怖をあなたたちに先立たせ、剣にもよらず、弓にもよらず、彼らと二人のアモリ人の王をあなたたちのために追い払った。

私は更に、あなたたちが自分で労せずして得た土地、自分で建てたのではない町を与えた。あなたたちはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている』。これらは本当にあった歴史の出来事です。ヨシュアはそれを物語ります。神様が「私は」と言って、神様がイスラエルの民を守り、導いて来て下さったことが分かります。

ここで民は、そうだった、そうだったとその出来事を思い起こしています。神様の救いの歴史の出来事の物語です。忘れてはいけません。

それでヨシュアは言います。あなたたちはだから、主を畏れ、真心を込め真実をもって彼に仕え、あなたたちの先祖が川の向こう側やエジプトで仕えていた神々を除き去って、主に仕えなさい。もし主に仕えたくないというならば、川の向こう側にいたあなたたちの先祖が仕えていた神々でも、あるいは今、あなたたちが住んでいる土地のアモリ人の神々でも、仕えたいと思うものを、今日、自分で選びなさい。

ヨシュアはモーセに語られた物語も思い起こしているに違いありません。私は今日、天と地をあなたたちに対する証人として呼び出し、生と死、祝福と呪いをあなたの前に置く。あなたは命を選び、あなたもあなたの子孫も命を得るようにし、あなたの神、主を愛し、御声を聞き、主につき従いなさい(申命記三〇・一九)。イスラエルの民を導いてこられた神様に従っていくことが命を得ることになると語っています。物語を聞いて向こうの方に世界が広がるだけではありません。物語の世界がこちらの私の人生の物語と繋がり、私の命になります。

そして、ヨシュアは、まず自分のこれからの物語を語り始めます。私と私の家は主に仕えます。他の神々ではない。本当の神様が、私たちを守り導いて来て下さった。それが私の命になっている。だから私はこの主に仕え、命を選ぶ。あなたたちはどうする? ヨシュアはここで、主に仕え命を選ぶ、みんなのこれからの物語へと招き入れています。当然、真の神様に付き従っていきますよね。

それで民は答えた。「主を捨てて、ほかの神々に仕えることなど、するはずがありません。私たちの神、主は、私たちと私たちの先祖を、奴隷にされていたエジプトの国から導き上り、私たちの目の前で数々の大きな奇跡を行い、私たちの行く先々で、また私たちが通って来たすべての民の中で、私たちを守ってくださった方です。主はまた、この土地に住んでいたアモリ人をはじめ、すべての民を私たちのために追い払ってくださいました。私たちも主に仕えます。この方こそ、私たちの神です」。

人々は、これまで神様がしてきて下さった、救いの物語を聞いて、神様に従う約束をします。シケムという場所での約束でしたのでシケム契約と言います。ヨシュアに促されて「この方こそ私たちの神様です」と、命を選び、命を得るようにと、これからの物語を造り出していく約束をします。

世の中には、様々な物語があります。例えば、学校で良い成績をとって、良い会社に入って、お金を稼ぐ。それが幸せな物語なのだとか…。何が本当に命を得させる物語なのでしょうか。

皆さんに、神様がしてきて下さった救いの出来事は? イエス・キリストが来て下さって、十字架にかかり復活して、今は天におられて執り成しておられます。パウロも言っています。あなた方の中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げて下さると、私は確信しています(フィリピ一・六)。神様がその業を成し遂げて下さる。ここに命がありますね。

「みんなくるくる、よってくる。おかしきさんちのものがたり」 教会の私たちは、招かれてみんなここに寄ってきました。私たちは、教会さんちの物語を聞く教会さんちの私たちです。

「わたしだけのものがたり」 皆さんも各々、私だけの自分の物語を生きています。私だけと言っても、その物語には、お父さんお母さん、家族もいるし、友だちもいるでしょう。そしてみんなの命を創造し、愛して下さる神様も、皆さん一人ひとりの物語に欠かせません。教会に繋がり主イエスが救って下さった私、の物語。洗礼を受ける。それは、主イエスが救って下さった私、神様の救いの物語に入れられた私の物語を告白し、これからの人生の物語を造り上げていくことです。

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