「本当に主は復活された」

森田恭一郎牧師

(イザヤ四五・一四―一五、ルカ二四・三〇―三五)

皆さん、イースターおめでとうございます。イエス様が死人の中からお甦りになりました。十字架で死なれたのに、命へと復活されました。だから、ご復活、おめでとう。

主イエスの復活は、実際に起こった出来事です。頭で考えたことではありません。初め、婦人たちが主イエスのご復活の事を知りました。輝く衣を着た二人の人がそばに現れて言うではありませんか。「何故、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここ(墓)にはおられない。復活なさったのだ」。お墓は死んだら入れられる所、でも主イエスは復活なさった。お墓にはいません。「復活なさったのだ」。これを聞いた婦人たち、どう受け応えしたでしょう。ルカ福音書には書いてありません。私だったら「えー、うっそー、そんなこと信じられなーい」と言ってしまいそうです。

話は全く飛びますが、私は大阪に来て三年目で知った言葉が二つあります。一つは、「いけますか」という言葉、きれいな響きですね。もう一つは「えっ、そうなん?」という言葉です。

婦人たちはとにかく、弟子たちに伝えに行きました。二人の天使から「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」と言われましたって。それを聞いて弟子たちは何と思ったでしょうね?「えっ、そうなん?」って言ったのかもしれない。でも、もう一息、婦人たちにこう応えて欲しい。「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」。そしたら「そうなんや! そうなんや!」と。

イエス様ご自身はどうであられたかというと、その後、弟子たちに現れたようです。シモン・ペトロなどの十一人の弟子たちですね。

それから、エルサレムからエマオに向かっていた別の二人の弟子たちにも現れた。主イエスの復活を信じられないでいるその二人の弟子たちに聖書を説き明かして下さった。人の子が十字架のお苦しみの後、死んで、甦られ、栄光に入ることをお話しなさいました。そして夕方近くになったので、宿屋で食事の席についた。そしてパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かった、その瞬間、その姿は見えなくなった。本当に不思議ですね。

二人の弟子たち、どう思いましたか? さっきの私みたいに「えー、うっそー、そんなことあるはずない、信じられなーい」と言ったのでしょうか? 二人は「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」と語り合ったのでした。旧約時代には神様は御自分を隠される神(イザヤ四五・一五)。でも今や、神さまは主イエスに於いてご自身を現わされました。

そして二人は、時を移さず出発して、エルサレムに戻って他の弟子たち、シモン・ペトロたちの所に行きました。みんなどうしているかな、イエス様が現れたと言ったら信じてくれるかな? とにかく伝えなくっちゃ! 行ってみると、十一人とその仲間が集まっていました。そしてみんなでこう言っていました。「本当に主は復活して、シモンに現れた」! 戻って来た二人も嬉しくなって、道で起こったことや、パンを裂いて下さったときにイエスだと分かった次第を話したのでした。

ある本にこう書いてありました。カナダの教会の習慣のことです。「キリストは復活された」と牧師が呼びかけると、会衆の皆さんが「本当に主は復活された」と応えるのだそうです。また別の本にも、元々ロシア正教会の習慣としてこのやり取りの挨拶があると書いてありました。

そこで今日は、私たちも、このやり取りを実際にしてみたいと思います。私が「あの方はお墓にはおられない。復活なさったのだ」と言いますから、皆さんは「本当に主は復活された」と応えて下さい。いいですか。「あの方はお墓にはおられない。復活なさったのだ」。はい皆さん、「本当に主は復活された」。     はい、もう一度。

もう一つ、私が「本当に、主は復活された」と呼びかけますから、そうしたら皆さんは「ほんまに、そうやった、そうやった」と答えて下さい。皆さん、いけますか?     はい、もう一度。

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